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  • 執筆者の写真sato

02-01 歩道橋計画1960

更新日:2020年10月11日

 歩道橋が1959(昭和34)年に初めて架けられて1966(昭和41)年に標準設計が制定されるまでの間、歩道橋のデザインや構造は自治体などの設置者に委ねられていたために様々な形態を見ることができます。

 そこで現存する1960年代の歩道橋に着目してみることにしました。(※撮影時)



京都府(京都市)の歩道橋

 『近畿地方建設局50年のあゆみ』によると「1964(昭和39)年に京都1号京都市山科区等での横断人道橋(横断歩道橋)が設置され」との記載から、京都府では1965(昭和40)年3月に竣工した京都府道143号四ノ宮四ツ塚線(旧国道1号線)の山階人道橋が始まりであると考えられますが、国土交通省の年次点検の一覧から辿ると国道171号線に架けられた「善意の橋横断歩道橋」は1963(昭和38)年の設置とされています。

 この一覧を基にすると善意の橋横断歩道橋が現存最古と言えそうですが、名称から想像するに近隣住民等が「善意」で設置し、維持管理を近畿地方建設局に委託した歩道橋とも考えられ、「近畿地方建設局が設置した」歩道橋としては山階人道橋が最古であると思われます。その経緯からか、この二つの歩道橋では1径間の鋼製桁橋ということ以外の共通点は見られません。

山階人道橋は後の標準設計に似た構造の歩道橋ですが、横のラインが強調された手摺りが特徴的で、特にコーナー部の処理の仕方は他の歩道橋ではあまり見られません。



 一方、善意の橋横断歩道橋は高めの手摺りの金網が使われているのが特徴で、利用者、特に通学時の安全を意識しているように思えます。また、その橋脚は鋼柱ではなく櫓状であるのも特徴と言えます。



その後、1968(昭和43)年~1969(昭和44)年頃にはラーメン構造の歩道橋も架けられています。




兵庫県の歩道橋

 兵庫県では、第二阪神国道(国道43号)の建設に伴って1967(昭和37)年12月に設置された15ヶ所の歩道橋が嚆矢とされています。第二阪神国道が広幅員であるとともに準高速道路化で建設されたため、車歩分離の一環で歩行者を立体横断させる必要性から歩道橋が設置されました。

 尼崎市内にある「道意西歩道橋」は1962(昭和37)年に建設省によって架けられた鋼製の2径間ラーメン橋です。なお、銘板には「道意歩道橋」と書かれているのですが、参考としている資料と名称も年代も合致しているので、ここでは「道意西歩道橋」と称することとします。



 橋桁の上にコンクリート製の床版が載せられた上路式のラーメン橋で、橋脚との接続部分にハンチはありません。また、階段部は同じくコンクリート製です。

後に阪神高速が国道43号線の上空に建設された時に尼崎西インターの導入路が設けられたため、長さが延長されています。



神戸市内の歩道橋

 「山手一号歩道橋」は1963(昭和38)年に架けられた歩道橋で“夕やけ橋”の別名があります。2連のパイプアーチ橋で、その形は神戸市の市章をモチーフにしたと言われています。アーチ橋のためか桁は薄く軽快な印象があります。



 「夢野歩道橋」は1967(昭和42)年、三叉路に架けられた歩道橋です。歩道橋では「SS41」という鋼材を用いるのが一般的ですが、ここでは橋脚に鋼管「STK41」も使われています。





東京の歩道橋

 オリンピックを控えていた東京都ではオリンピック関連街路の建設や歩行者の安全対策として横断歩道橋が設置され、オリンピック開催までに28か所が完成しました。

 このうち、「信濃町駅前歩道橋」は1964(昭和39)年に完成した桁橋による歩道橋で、橋脚にはパイプ鋼材が使われています。



 同年に完成した「高円寺東歩道橋」は下路式鋼製門型ラーメン橋で、中央分離帯にパイプ鋼材が使われているものの、左右の橋脚はH形となっています。この時期に設置された歩道橋に最も多く架けられたのは鋼製門型ラーメン橋であったとされ、高円寺東歩道橋もその一環であったと思われます。道意西歩道橋と同じラーメン橋ですがこちらは下路式で、桁にはハンチがあるという違いがあります。




札幌市内の歩道橋

 札幌市内では1967(昭和42)年3月に架けられた「豊平駅前歩道橋」が最初とされています。当時、定山渓鉄道(1969年廃止)の豊平駅前にあった札幌市電の乗降場を、国道36号線に移設する際に利用客の安全確保を目的に架けられたと言われています。上路式の鋼製門型ラーメン橋で、道路の中央分離帯に設けられた市電の乗降場に通じる階段が中央に設置されていましたが、後に市電も廃止されるとその階段も撤去されました。この歩道橋は撤去されて現存しません。

 札幌市が管理している歩道橋で現存している最古は1967(昭和42)年に架けられた4ヶ所の歩道橋で、「琴似歩道橋」はその一つです。ただし現存はしていませんが、同じ時期に国鉄琴似駅前に架けられた歩道橋も「琴似歩道橋」と呼ばれていたらしく、名称の変遷などはよくわかりません。



 カーブで処理される階段部の手摺りは当時の北海道開発局の歩道橋に共通のデザインだったようで、豊平駅前歩道橋でも同じデザインの手摺りが見られました。



このように、特に1960年代に架けられた歩道橋には個性があり、それが何を由縁とするのかを考える楽しみがあります。



<参考文献>

社団法人近畿建設協会 『 近畿地方建設局50年のあゆみ 記録編 』, 1998年 12月発行


増渕文男『跨道人道橋の建設史と設計基準の変遷に関する研究』,土木史研究 第13号,土木学会,1993年6月

増渕文男『横断歩道橋の構造形式の変遷に関する研究』,構造工学論文集 Vol.40A,土木学会,1994年3月

増渕文男,安達万里子『我が国初期の横断歩道橋に関する研究』,土木史研究 第15号,土木学会,1995年6月

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