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  • 執筆者の写真sato

02-04 歩道橋計画1960 -「歩道橋」の終焉-

 歩行者が道路を安全に渡るために設置された歩道橋も、時代の変化とともに「“交通戦争”の寵児」から「バリアフリーの障害」へと評価が変わっていった。同時に、設置から50年近く経過するものについては老朽化と維持管理費が問題視され、撤去される傾向が大きくなっていった。これは維持管理にかかる費用と撤去費用がほぼ同額であることから、使用頻度の少ない歩道橋から順次撤去した方が良いと判断されるケースが多くなったからである。その中でも、特に歩道橋撤去に前向きな自治体は京都市と札幌市であるとされる。


 歩道橋は大きく分けて、階段部・橋梁部・柱の三点で構成されている。撤去に伴う解体作業もこの三つをいかに切り分けるかが重要になりそうで、ここでは2019年に京都市内で行なわれた3箇所の歩道橋撤去工事について見てみることにする。



①西院横断歩道橋の場合

 五条春日の交差点にあった歩道橋で、2019年2月6日~7日にかけて撤去された。

 階段部は撤去作業が始まる数週間前から撤去されていた。


 橋梁部の撤去は日付が変わる頃に行なわれた。


 橋梁部の一部を欠け取り、クレーンの金具を取り付けられるようになっている。


 道路通行止めの時間になり、車の流れが完全に止まったのを確認すると、クレーンが橋梁部を吊り上げる。


 「ガコン」という音とともに柱から橋梁部がたやすく外されると、そのまま道路に橋梁部が下ろされる。


 片側の二車線を上下一車線ずつの通行にして交通規制を解除。通行止めの時間はほんの数十分程度であった。


 最後に、外された橋梁部の裁断と柱の撤去が同時進行で行われた。



②十條烏丸歩道橋

 十条烏丸の交差点にあった歩道橋で、2019年2月8日~9日にかけて撤去された。


 階段部は少しずつ撤去され、通行止めを伴う本作業の段階で全て撤去されていた。


 道路通行止めの時間になると、橋梁部ではクレーンの金具を取り付けるための切り欠け作業、左右の柱では橋梁部との切り離し作業が同時に進められる。


 左右の柱が切断されて橋梁部が切り離され、橋梁部がクレーンによって吊り上げられる状態になると、そのまま橋梁部は吊り上げられて道路に下ろされる。


 橋梁部は四等分程度に切り分けられ、左右の柱も撤去された。




③山階人道橋

 山科区御陵にあった歩道橋で、京都市内において現存最古と思われた歩道橋であったが、2019年9月17日~20日にかけて撤去された。


1日目、道路が通行止めとなると、橋梁部で作業が進められた。クレーンの金具を取り付ける切り欠けの他、橋梁部を切断する準備にとりかかる。


 クレーンの金具が橋梁部に取り付けて吊り上げ可能となると、今度は橋梁部と階段部とを切断する作業となる。


 階段部と切断された橋梁部はクレーンで吊り上げられ、他の歩道橋同様、道路で裁断される。 


 2日目は片方の階段部が撤去された。


 3日目にはもう片方の階段部と柱が撤去された。


 

 このように、歩道橋の撤去作業でも工程に違いがあり、特に橋梁部を何と切り離すかによる違いが見受けられた。これは架橋時期の違いによるものなのかもしれない。


 横断歩道橋は今後も架けられるだろうが、今までの「横断歩道橋」として見慣れた形態で架けられる可能性は低いと考えられる。例えば2013年に架けられた大阪の阿倍野歩道橋は上から見ると阿倍野の「a」の形となっているように、今後の歩道橋は新たな構造とデザイン性をも兼ね備えたもの、あるいは小規模のペデストリアンデッキのようなものとなると思われる。かつての「渡る」のが主目的だった歩道橋を見る機会がますます減るのは寂しいが、もうそういう時代は終わったのかもしれない。

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